あの日の日常

【1989年生まれ】平成の絶望あるある17選|パケ死・データ消失・平成の黒歴史を総まとめ

僕たちの青春は、常に「絶望」と隣り合わせだった

2000年代、僕たちが放課後に追いかけていたのは、輝かしい夢だけじゃなかった。

不便なデジタル機器、理不尽な放送スケジュール、そして家庭内の厳しい上下関係……。

1989年生まれの僕たちは、今の世代には想像もつかないような「小さな、でも致命的な絶望」を何度も乗り越えてきたんだ。

通信制限なんて生ぬるい言葉じゃ片付けられない。

一撃で人生(あるいはセーブデータ)が吹っ飛ぶ、あのヒリヒリした感覚を深掘りしていく!

 デジタルが牙を剥いた「機材・データ系」の絶望

当時はクラウドなんて便利なものはなかった。

データは常に「物理的な接触」という脆い絆で繋がっていたんだゾイ。

① ドラクエの冒険の所が消えた呪いの音

カセットを差し込み、期待に胸を膨らませてスイッチを入れた瞬間。

画面が真っ暗なまま、あの世から聞こえてくるような不気味なBGMが流れる……。

「デレレレレッ、デレレレレッ……」

おきのどくですが

ぼうけんのしょは

きえてしまいました。

「冒険の書1番は消えました。2番は消えました……」

昨日、必死でレベル上げをした時間は? 徹夜で倒したボスの記憶は? 接触不良一つで、数百時間の努力が「無」に帰すあの虚無感。

僕たちは何度、カセットの端子に息を吹きかけ、神に祈ったことか。

②通信ケーブルが抜けて「ポケモン消滅」

「裏技でポケモンが増やせるらしいぜ!」そんな噂を信じて試みた通信交換。

一番大事なタイミングで、横で見ていた友達の足がケーブルに引っかかる。

「通信エラーが発生しました」という無慈悲な表示。

元のソフトにも、送り先のソフトにも、もう僕のLv.100のリザードンはいない。

あの絶望……。

そして、友達との気まずい空気……。

家庭内・社会が生んだ「逃げ場のない」絶望

当時の僕たちが直面した、理不尽なシステムの壁と、家庭内ヒエラルキーの恐ろしさだ。

プレステで「兄ちゃんのセーブデータ」に上書き

これは「絶望」というより「処刑宣告」に近い。

兄が100時間以上かけて育てた『FF』や『ドラクエ』のデータを、僕がうっかり1番上のスロットに上書き。

画面に「セーブが完了しました」と出た瞬間の、あの血の気が引く感覚。

玄関でガチャリと音がする。

兄ちゃんが帰ってきた。

僕はその夜、家の中でどうやってデバッグ(逃亡)するかしか考えられなかったwww

野球延長で録画がズレる「アニメ未収録事件」

深夜アニメや金曜ロードショーでやるアニメを楽しみに予約。

いざ再生してみると、映っているのは「延長30分」をフルに戦い抜いたプロ野球のヒーローインタビュー。

そして、アニメ本編が始まったと思ったら、物語が一番盛り上がるラスト5分でテープが終了。

続きを知る術は、学校で誰かに聞くしかない…

あの時ほど巨人のピッチャーを恨んだことはなかった。

恐怖の「パケ死」請求書

iモードの登場は革命だった。

でも、従量制という悪魔のシステムを僕たちは知らなかった。

親に隠れて夜な夜な着メロをダウンロードし、脱衣ブロック崩しに熱中。

翌月、リビングのテーブルに置かれた封筒。

「今月の請求額:58,000円」。

親の怒鳴り声が聞こえる前の、あの「シーン……」とした静寂。

あれこそが真の絶望だ!

ネット・学校生活での「黒歴史」という名の絶望

今思い出しても顔が赤くなり、布団の中で悶絶するような痛い記憶たちだ。

前略プロフィールの「足跡」バレ

「あの子、どんな音楽好きなのかな?」と、気になる女子のプロフィールを毎日チェック。 しかし、当時の僕たちは「ログインした状態で訪問すると足跡がつく」という仕様に無頓着すぎた。

足跡リストに並ぶ、僕のハンドルネーム。

翌朝、教室で「ねぇ、昨日も私のプロフ見てたでしょ?w」と笑われた時の、あの社会的地位の崩壊感。。。

もう二度とログインできないゾイ……。

2ちゃんねるでの「ブラクラ」遭遇

面白いAA(アスキーアート)のスレを見ている最中、ふと現れた謎のリンク。

クリックした瞬間、パソコンのスピーカーから「ギャアアアア!」という絶叫。

全画面に広がるグロ画像。閉じようとしてもウィンドウが増殖し、パソコンがフリーズ。

隣の部屋で寝ている親が起きてくる恐怖と戦いながら、震える手でコンセントを引っこ抜いたあの日。

ネットの闇を初めて知った瞬間だった。。。

止まらない「チェーンメール」の呪縛

「24時間以内に20人に回せ」という呪い。

友達に送って嫌われるか、自分に不幸が来るのを待つか。

究極の選択を迫られた、僕たちの初SNS疲れだ!

コンビニのコピー機に「エロ本」を置き忘れる

袋とじをコピーして満足し、肝心な中身を放置。

戻った時の店員の「無」の表情は、一生忘れられない絶望だ!

絶望があったからこそ、僕たちは強くなれた(?)

こうして振り返ると、僕たちの青春はいかに「不安定なバランス」の上に成り立っていたかがわかる。

でも、あの冒険の書が消える音を聞き、パケ死に怯え、兄ちゃんの逆鱗に触れないよう立ち回った経験があるからこそ、今の便利な時代に感謝できるのかもしれない!

君の人生で、これを超える「絶望」はあったか?

ぜひコメント欄で、君が踏み抜いた「地雷」のエピソードを教えてほしい!

動画でも「1989年生まれの放課後」を放送中だ!

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