1. 僕たちの放課後は「無意味」で満たされていた
1989年生まれの僕たちが小学生だった90年代後半から00年代初頭。
スマホもSNSもなかったあの頃、僕たちの最大の敵は「退屈」だった。
授業中、休み時間、登下校の道すがら……。
ふとした瞬間に生まれる「虚無」を埋めるために、僕たちは本能的に、そして全力で「無意味な行動」に没頭していたんだ。
大人になった今、あの「どうかしていた」日々を回想してみる。君はいくつ覚えてる?
2. 教室・授業中の「無意味」な儀式
① 消しゴムにシャーペンの芯を刺す
これはクラスの男子の9割がやっていた。新品の消しゴムに、容赦なくシャーペンの芯を突き刺す。ただそれだけの行為。
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思い出: 刺しすぎてハチの巣みたいになった消しゴムは、最終的に砕け散って「パケ死」する運命だった。
② 縫い針を指先の皮に刺してバランスさせる
家庭科の授業中、あるいは家で。指先の、ほんの表面の皮(角質層)に針をスッと通して、糸を垂らさずに固定する。
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思い出: 成功した時のあの、謎の達成感。友達に「見て見て!痛くないもんね!」と自慢するのがセットだった。今思うと、衛生的にアウトだ
③ 電気のスイッチを「半分の位置」で止める
壁にあるシーソースイッチを、オンでもオフでもない、絶妙な「中間地点」で静止させようと試みる。
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思い出: 成功すると電気がチカチカしたり、指に不思議な抵抗感を感じたりする。あの「世界の理(ことわり)に触れた」ような感覚……何だったんだ……。
④ 下唇を上の歯で挟む
ふとした瞬間に、下唇を上の前歯でギュッと挟んで、そのままの表情でフリーズする。
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思い出: 特に意味はない。ただそこに唇があったから挟んだ。それだけだ。
3. 登下校・外での「無意味」な挑戦
⑤ 柵を「カンカン」鳴らしながら歩く
歩道にあるガードレールや、学校のフェンス。その縦の棒を、持っている傘や棒切れで「カン・カン・カン・カン……」とリズムよく叩きながら歩く。
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思い出: 傘の先端がボロボロになる原因。たまに先生に見つかって怒られるまでがセットだ。
⑥ 横断歩道の「白い線」だけをぴょんぴょん踏む
横断歩道を渡る時、黒いアスファルトの部分を踏んだら「負け」というマイルールを設定。白い線だけを狙ってジャンプして渡る。
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思い出: 最後の白線から歩道までの距離が長すぎて、大ジャンプが必要になる。あの瞬間のスリルは、今の仕事のプレッシャーより大きかった。
⑦ 蛇口から出る水で「指の輪っか」を作る
外にある水道や公園の蛇口。人差し指と親指で輪っかを作り、流れる水に当てる。
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思い出: 水圧で指の輪っかの中に水の膜ができる。それをいかに破らずに維持するか。あの水の膜に、僕たちは未来を見ていたのかもしれない(哲学)。
4. 自宅・お風呂での「無意味」な日常
⑧ お風呂でタオルを「ぶくぶく」させる

湯船の中にタオルを沈め、その中に空気を閉じ込めて、お湯の中でタオルを絞る。
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思い出: 「ぶくぶくぶく……!」という音とともに大きな泡が出てくる。ただそれだけ。でも、それが楽しかった。あの泡の中に、僕たちのストレスも溶けていたんだ。
⑨ 階段を四つん這いで上がる
家や学校の階段。なぜか二足歩行を放棄し、手と足を使って犬のように四つん這いで駆け上がる。
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思い出: これをやると、なぜか普通に上がるより速く感じる。そして、誰にも見られてはいけないという、謎のスパイ任務のような緊張感があった。
5. まとめ:あの「無意味」こそが、僕たちの「青春」だった
大人になった今、これらの行動は時間の無駄だし、汚れもするし、効率も悪い。 でも、1989年生まれの僕たちがランドセルを背負っていたあの頃、あの「無意味」な瞬間こそが、最も純粋で、最も創造的な時間だったのかもしれない。
君の「無意味な行動」は何だった?
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